クライネットの架空地域「ヴンダーシア」の情報を詰め込む部屋

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デウス・グロース王国(でうすぐろーすおうこく、:Geniftum Deus-gros)は、ヴンダーシアに存在していた王国。しばしばデウス・アッタ王国と対比させて”東朝(Gu^fzisen lo^k)”とも呼ばれる。
キセキ王位を受け継いでいるため、実質デウス王国の後身国家である。
デウス・グロース王国
時期1712年〜1974年
体制王国
王位キセキ王
君主デウス・グロース家
王都王都キセキ市

歴史

近世

戦乱期末期、泥沼化していたキセキ王位の継承争いはクロヤ家によって終わり、新たにキセキ王位を手にしたストーレス家のスティーリアが「デウス・グロース」を名乗ることでこの王国が成立した。セキオウ朝時代においてはほぼクロヤ家の傀儡国家であったが、クロヤ家が戦争に敗北し没落すると急速に力を増した。

近代

19世紀前半においてはヴンダーシアの最高権力として君臨したが、しだいに力を失い、末期ごろにはデウス・アッタ王国のほうが発言力も経済力も上であった。
19世紀末期から20世紀初頭にかけては、繰り返し特権を求めて迫ってくる英仏に対し当時の王ロイヒティルが過度な宥和政策をとり、国民からは「弱腰外交」「臆病王」と揶揄され信頼を喪失した。さらに、新ヴンダーシア帝国が成長するとグロース王国は帝国からの侵略を受け、領土まで失った。その危機に際し、無策のロイヒティルを退けようと大規模なクーデタが勃発、ロイヒティルの次男のストーリスが擁立されて即位した。

ヴンダーシア連邦

新帝国が滅亡すると、当時の宰相フローハイトは信頼の回復に向けて活動をはじめ、「六か条の弁明(四か条の証明と二か条の宣言)」を国民へ向けて発表するとともにトパズィアに対して領土回復を認めるよう求めた。ここでトパズィアに向けて求めたのは、自国の領土を奪った新ヴンダーシア帝国などの勢力がほぼ崩壊しており、信頼の喪失などもあってデウス・アッタ王国への確認なしに領土を回復すると国際問題になる可能性もあったためである。
フローハイトの努力が実り、ヴンダーシア連邦が成立すると、キセキ地方ディート地方オリツォエン地方の全域、サール地方の西部の領有が認められて連邦を構成した。

王政革命

1974年には王国内で行われた選挙妨害を軍部が強引に退けることで王政革命が勃発し、内戦状態に陥った。最終的に自由主義者らがクーデタで王を退位させて王国は滅亡した。クーデタによって共和臨時政府がたてられたが、すぐにデウス・アッタ王国によって滅ぼされ、併合された。

歴代君主

君主
名前在位
1スティーリア1712年~1726年
ロイヒティル?~1916年
ストーリス1916年~

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