クライネットの架空地域「ヴンダーシア」の情報を詰め込む部屋

×
ここでは、ヴンダーシアの君主位(Firfer/帝位、王位およびその下に位置する爵位)を列挙する。

君主位

ヴンダーシアの君主位は"Grosvam(皇帝)"と"Hifir(王及び貴族)"の2つに分かれており、そのほとんどが19世紀末期まで封建制のもと、土地を持っていた。GrosvamとHifirの違いは明確であったが、Hifir内での王と貴族のような違いは連続的であやふやだった。20世紀に入ると下位貴族は次々と土地を没収され、ヴンダーシア連邦においては土地を持っていたのは”公(Firait)”以上の僅かな君主のみであった。
日本語訳ベーレン語(英語表記)
皇帝GrosvamEmperor
GenifAc-hifirKing
大公LukfiraitGrand duke
ガルセシア(大)公AceteleDuke
FiraitPrince
辺境伯nektaitOb-hifirMargrave
lekaitMarquis
Gefaitcount

帝位

ドラッヒェン皇帝位(~6世紀)
ドラッヒェン帝国の最高権力たる皇帝。帝国の成立から滅亡までドラッヒェン家が継承し続け、その滅亡後は誰一人帝位を名乗っていない。
ヴンダーシア皇帝位(1903~1918)
新ヴンダーシア帝国の絶対にして最高の権力である皇帝。所有者はへーリス一人のみであった。
「ドラッヒェン帝国再建」を掲げ、ドラッヒェン皇帝位を半ば真似て作ったものである。

王位

ルクヴァーレン王位
Genfer Lukvalen
※"ルクヴァーレン王"を参照
ドラッヒェン家が皇帝を名乗る前に宣言した王位。名前はルクヴァーレン地方から来ているが、ステリー島の南半一帯の支配権を持っていた。
皇帝位と違い、ドラッヒェン帝国の滅亡後は別の家が継承し、保有者が何度も移りながら1780年代まで名実ともに持続した。1780年代には専制を強めるクロヤ家からの圧力で放棄され、百年以上空位が続いた後大再編政策で正式に廃された。
キセキ王位
Genfer Kiseki
保有者:デウス家宗家→デウス家諸流派→デウス・グロース家
ドラッヒェン帝国滅亡後の混乱期にデウス家が新しく名乗った王位。名目上はキセキ地方オリツォエン地方ディート地方の3地方の支配権しか持っていないが、周辺領主に対する命令権もあったためにヴンダーシア全土の統一に至った。
第一デウス朝が崩壊した17世紀の戦乱期には一時的に効力が大幅に弱まったが、内乱が収まるとクロヤ家の後ろ盾のもとで回復し、デウス・グロース王国を治めた。
セキオウ王位
Genfer Sekiou
保有者:デウス・アッタ家
戦乱期後半の1660年代においてデウス家ストーレス流のヴィオレティスクロヤ家の支持のもとで名乗った王位。シンコウ島全域の支配権を持ち、デウス・アッタ王国を治める。

公・大公

大公以下の君主位はガルセシア大公を除き、王あるいは皇帝による承認を受けて新設され、支配地域やその他の権利が明文化されている。

王族の証としての大公

大公の始まりは、王の下に、王の候補者たる位を設けることであった。王子の死や謀反に備えて継承順位を明確化するため、いくつかの大公が設けられた。
デウス家五大公

クロヤ大公

Lukfirait Kloja
18世紀初期、デウス・アッタ王国成立に協力したことの報酬としてヴィオレティスクロヤ家に与えた大公位。直接的な土地の支配権はないものの、王国の政治に大きな力を持ち、後のクロヤ家による支配の礎となった。クロヤ家が内戦に敗北すると大公位も廃位となった。

ガルセシア大公(アツェデレ)

Acetele
※"アツェデレ"を参照
ガルセシア地方全域を統治する君主。ガルセシアの言葉で"アツェデレ"というが、標準ベーレン語では"アツェテーレ(Acetele)"という。中世頃から存在しており、ヴンダーシア連邦においても存続し正式な君主位として認められていた。ガルセシア大公の領土は「ガルセシア君主国」と呼ばれる。日本語では”大公”と訳されるが他の公や大公とは違う特殊な制度で運営されており、大公と公の中間に位置するものだとされている。

公(Firait)は元々、ドラッヒェン帝国が各地域の種族の長に与えた自治特権であった。帝国時代は皇帝によって管理され、内紛があれば廃位や増設を行った。しかし帝国が滅亡して以降は地方での重要性と独立性が増し、中央権力が弱まる度にコントロールが効かなくなる存在となった。
大砂漠公
保有者:ヴルグラート家→カラカラ家(1610s~17世紀後半)→ステオン家(17世紀後半~19世紀初期)→カラカラ家(19世紀初期~1918年)→ドレイク家(1918~1974年)
中世に作られた、砂漠ステリー地方全域の支配権を持つ公。戦乱期初期にはカラカラ家がクーデターでヴルグラート家から勝ち取り、末期にステオン家に奪われる。19世紀初期のカラカラ家復権運動でカラカラ家が取り戻したが、第一次世界大戦後、大再編政策によってドレイク家に譲渡された。
カラカラ公(~1918)
Firait Karakala
カラカラ地方ルクヴァーレン地方トラヴェスタ地方の全域の支配権を持っていた。19世紀初期のカラカラ家復権運動ではカラカラ家はルクヴァーレン王位を望んだが、ドランツァイト地方などの民衆が反発したため規模を縮めたカラカラ公が新設された。第二次帝国戦争後、大再編政策によって廃位された。
ドレイク公(1918~1974)
Firait Dreik
保有者:ドレイク家
大再編政策の中で、廃止したカラカラ公の権限をほぼ継承する形で新設された公。ドレイク公国を治める。
サール公
Firait Sarl
ほぼサール地方の全域の支配権を持つ公。
フルール公
Firait Flul
保有者:フィーラ家
フルール地方の広範囲の支配権を持つ公。大再編政策で支配領域がフルール地方全土に改められた。フルール公国を治める。

辺境伯

辺境伯は公と侯の間とされる君主位で、支配地域は公より明らかに小さいものの、独立した行政権が与えられている。強大な敵の襲来が予測される場所に、軍事防衛を目的として設置し、軍隊の所有権と軍事施設の管理権を与える。
サール辺境伯
保有者:スラウフ家(19世紀~1914?)
※"サール辺境伯"を参照
19世紀、クロヤ家を退けたデウス両家が対西欧の軍事防衛のために新設し、スラウフ家に与えた辺境伯。サール地方東部の行政権と、領内の軍港を含む港の管理権を持つ。大再編政策よって廃位された。
ルクスフルーア辺境伯
フルール地方北部の軍港と軍事基地数ヶ所の管理権を持つ。新ヴンダーシア帝国の傘下に入ったが、第一次世界大戦中にフルール公国に占領され、大再編政策では廃位された。

侯は辺境伯と伯の間とされる君主位。以下は詳しい説明はせず列挙する。

伯は爵位を与えられる貴族の中で最下位に位置する。
  • フジミ伯
  • マリーン伯
  • ミスト伯

関連記事

タグ

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

管理人/副管理人のみ編集できます

広告募集中