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ヴンダーシア共和国(ぶんだーしあきょうわこく、refublek Vudarsia)は、ヴンダーシア共和国連邦の前身となった国家。
フェルテの共和制宣言によりデウス・アッタ王国は「ヴンダーシア共和国」へと名前を変えた。その後ライネスの挙国一致内閣によって新しい憲法が施行されると、再び国の体制とともに国号が変わり「ヴンダーシア共和国連邦」となった。
そのため、1993年の6月29日の共和制宣言から翌年8月23日の新憲法施行までの約1年間だけ存在した国家(国号)である。
ヴンダーシア共和国
期間1993年6月29日〜1994年8月
体制共和制
国家元首ヴンダーシア首相
ライネス(任期:1993年6月29日~1994年8月)

歴史

共和制前夜

ライネスは国王フェルテとの長い交渉の後、共和制施行の約束を取り付けることに成功するが、共和制下での政治制度については大まかにしか決まっておらず、またライネスは新しい憲法制定の国民投票も行う必要があると考えていた。しかし、それらを終えるにはかなりの時間を要することが予測された。
ライネスは速やかに挙国一致内閣の準備をし、ひとまずは「ヴンダーシア共和国」という仮の国家体制の下で新体制構築のための憲法制定へ全力を注ぐことを决めた。

共和制施行

王政廃止を国民に強く印象づけ、国の結束を少しでも高めるため、「共和制宣言」はフェルテが国会で直接読み上げることになった。ライネスらの意向通り、それは少なからず左派のフェルテへの不満や右派の共和制への不満を和らげたようであった。
宣言の後、ゼルークはすぐに宰相を降り、フェルテも次の宰相にライネスを指名した後王宮を去った。ライネスは準備していた挙国一致内閣を正式に組閣し、ついに行政の牽引を開始した。

憲法制定

ライネスは憲法準備委員会を設置して早速憲法草案の準備に当たらせた。委員会は数ヶ月にわたる検証と議論の末、94年1月に憲法草案を完成させ、内閣の承認を通過した。草案は以前の憲法であるトパズィア憲法の特性を一部残しつつ、ドイツの憲法にあたるドイツ連邦共和国基本法などがもとになっていた。草案は続いて議会での審議の後国民投票にかけられ、2月に新憲法として公布された。共和制への移行から実に半年以上たってのことであった。施行は8月に設定され、それまでの半年間にライネス政権はその他の様々な改革に取り組んだ。

連邦制の整備

自由党は連邦制を新国家の軸の一つと考えており、健全で安定した地方自治制度を模索した。まず王政時代の州とガルス王国からの併合地を合わせて13州に改編したうえで、地方分権の色が濃いドイツやアメリカを参考にし、中央行政を各州の実情に合わせるために上院として連邦参議院を設置した。また、首都であり最大の過密地域であるネオーン市は一つの州と同様に扱うべきとして"特別市"制度を導入した。
一方、地方自治に関しては全国で州知事制を導入すべきという声も強い中、政府は、ネオーンでは直接選挙での市長、それ以外の各州では州内閣を中心とする王政時代と同じ形を維持した。各州の地方行政を憲法でどう定めるべきかという議論もあったが、政府の意見はある程度その州のやり方を尊重するという方針でまとまり、憲法では民主政、三権分立、議会の設置のみを義務付けた。

軍制改革

軍制改革も重要な課題の一つであった。共和革命での軍部の離反は革命の成功に大きく貢献した一方で、一歩間違えれば内戦になりかねない危険な出来事であり、自由党はこれを二度と起こらぬようにと叫んでいた。
王政時代には各州が小規模な軍を持つことを許されていたが、それを王国軍と統合し、"ヴンダーシア軍"を作った。また自由党と政府は軍部の文民統制の強化を模索した結果、参謀府は国防省が管轄する文官組織となり、最高指揮権は大統領ただ一人のものとなった。

大統領選挙の準備

憲法の軸の一つとなっている大統領制度の実行のためには、大統領を国民投票で選出することが絶対であった。しかしこれまであまり行われてこなかった国民投票には綿密な検証と準備が必要であり、憲法が可決された段階から準備が進められた。
国民直接選挙のために、内閣の外部組織として「国民選挙局」が設置され、投票所の再整備や票の取りまとめの制度見直しが行われた。

憲法施行

1994年8月の憲法施行に先駆けて第一回大統領選挙が行われてライネスが当選、8月23日に予定通りに新しい憲法が施行され、同日にライネスが大統領に就任した。

内閣

共和国が存在した1年余りの間、ライネスが宰相就任時に組織した挙国一致内閣がずっと変わらず政府を運営した。この内閣は完全な挙国一致内閣ではないが、デウス・アッタ王国議会に参加していた全政党から保守党を除いた自由党社会党?、労働党、平和党国民党の5政党で組織された(共産党は中央議会から撤退していた)。
役職名前政党
宰相ボーリヒ・ライネス自由党
内務卿フィーリフ・ステーン自由党
外務卿ライティフ・ザムツェルト平和党
大蔵卿ヴァルシス・リューケン社会党?
学問卿労働党
経済卿社会党?
司法卿国民党
林野卿平和党
魔法卿国民党
軍事卿フェレヴ労働党
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