クライネットの架空地域「ヴンダーシア」の情報を詰め込む部屋

ルクヴァーレン王(るくばーれんおう、:Genif Lukvalen)は、ヴンダーシアの王位、あるいはその王位にある者のこと。王位としてはルクヴァーレン王位、ルクヴァーレン王冠ともいう。
ルクヴァーレン王の治める領域はしばしば「ルクヴァーレン王国」と呼ばれる。

王位

ドラッヒェン家が紀元前3世紀に、帝国建設の足がかりとして作り即位した王位といわれる。ドラッヒェン帝国時代は形式的なものであったが、ローマン家がこの王位を根拠にターレン地方全域を支配し大ルクヴァーレン王国を建てると、それ以降はターレンの支配権を有する王位として扱われる。ローマン家が短命に終わると、その後は8世紀までヴルカナ家などが武力で奪っては奪い返しを繰り返していく。その後はデウス家やヴルグラート家のもとで一時的には安定するものの、武力ある諸侯が奪い合うという風潮は最後まで続き、王朝交代を繰り返す。

継承者

歴史

古代と混乱期

皇帝となる前のドラッヒェン家が作り即位した王位といわれる。ドラッヒェン帝国時代はドラッヒェン家が独占する形式的な君主号であったが、5世紀末に地上における帝国の支配が崩壊すると一旦宙に浮く。6世紀初めにこの王位を獲得したローマン家は王位を根拠にターレン地方全域の支配権を獲得し、大ルクヴァーレン王国を建てる。

デウス時代

8世紀には、すでにキセキ王でもあったデウス家リキトがルクヴァーレン王位を手にし、数世紀に渡って同君連合が続く。
しかしデウス家の王リンフェルは長男のセキエルにキセキ王を、その弟のアルシルにルクヴァーレン王を与えるという分割相続を行い、同君連合は解消された。王位はアルシルの子孫へ継承されていくが、後にヴルグラート家が簒奪し、17世紀はじめまでは保持し続ける。

近世

ヴルグラート家はレイフ家政権への妥協によって国内での不満を買い、カラカラ家の蜂起を招く。内戦の後にカラカラ家が王位を簒奪し、約70年間保つ。農民反乱で攘夷派がキセキの覇権を握ると、新たなキセキ王が出ない中カラカラ家がルクヴァーレン王位を根拠にキセキも合わせたステリー島広域を支配した。
しかしカラカラ家の専制もまた国内の分裂を招き、クーデターとクロヤ家による攻撃で破れ、王位はステオン家に渡る。その後クロヤ家がヴンダーシアをの統一を果たすと、ステオン家もクロヤ家に投降する形となる。しかしターレンではクロヤ家への反感が強かった。ステオン家が1780年頃にクロヤへの反抗を示すと騒動となり、ステオン家は廃位されてしまう。クロヤ家は後釜を指名せず、むしろ王位を狙う者を弾圧したため空位が続いた。

その後

クロヤ家が内戦に負け退いた後も次なるルクヴァーレン王は現れず、復活したカラカラ家も公位であるカラカラ公に留まった。1919年にトパズィアの命でルクヴァーレン王位は廃止された。
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